三吟歌仙         

003 『わずかに青き香の巻』

 周天・茄言・春芳 三吟歌仙
 『わずかに青き香の巻』

     
  《初折 表》
秋      ① 早稲(わせ)刈るやわずかに青き香をとどめ  周天

秋・月    ②  株跡のなか月見る案山子          茄言

秋      ③ 掌編は蟲がテーマと心得て          春芳

雑      ④  城を目指して歩み早める          周天

雑      ⑤ 知らぬ間にウィーンの森に迷い込み       茄言

雑      ⑥  銃口向けて笑む異邦人           春芳

  《初折 裏》
雑      ⑦ 極上のハニートラップと知りながら      周天

恋      ⑧   ざわめく風に妻の声聞く          茄言

冬・恋    ⑨ ストールを真知子巻きして待つ女       春芳

恋      ⑩   忘れはしないあの約束を          周天

雑      ⑪ 幼き日姉と指切り井戸の陰          茄言
    
雑      ⑫   仁義なき世にはびこる不正         春芳

夏・月    ⑬ 最果ての番外地にも夏の月          周天

夏      ⑭   揚羽飛び交う塀のうちそと         茄言

雑      ⑮  コロナ禍で人もまばらな繁華街        春芳

雑      ⑯   トランプ占いまたやり直す         周天

春・花    ⑰  庭の隅沈丁の花これと見せ          茄言

春      ⑱   絵筆で描く路地の淡雪           春芳

  《名残折表》
春      ⑲  永き日をいかに過ごさん四畳半        周天

雑      ⑳   あぐらを組めばGに癒やされ        茄言

雑      ㉑ 着流しで粋人気取り行く書店         春芳

恋      ㉒  食べる姿に艶のあるひと          周天
      
恋      ㉓ 目が合えば悟られそうで見るスマホ      茄言

恋      ㉔   項に触れる白い指先            春芳

雑      ㉕ お手討ちを覚悟の文(ふみ)の字は乱れ     周天

雑      ㉖  飛び立つ鳩に揺れる松が枝         茄言
      
雑      ㉗ 晴れた午後波光きらめく三保の浦       春芳

雑      ㉘  シテは謡いて羽衣を舞う          周天

秋・月    ㉙  それぞれの別れの時を包む月         茄言

秋      ㉚   夜の果てまで美しく冴え          春芳

  《名残折裏》
秋      ㉛ 最終の列車過ぎゆく音澄みて         周天
      
雑      ㉜   子らの肩抱き添い寝した頃         茄言
      
雑      ㉝ 亡き父の遺品の一つ腕時計          春芳

春      ㉞  足を振り出しひとりブランコ        周天

春・花    ㉟  公園で花を見上げる猫二匹          春芳

春      ㊱   三山(みやま)そびえる清明の空       茄言
      

     自  令和二年 十月   五日
     至   同   十月   十一日